1: 以下、名無しにかわりまして無内定速報がお送りします 2014/00/00 00:00:00 ID:nntsokuhou

所得,教育格差
 
「良い大学に行きたければ、恵まれた家庭に生まれなさい」――成人の自由にもとづく新しい"世襲制"

釣りっぽいタイトルだけど、実際、そうなってきている。形式としては子どもの自由な学業選択は成立しているが、実情としては、生まれた家庭の環境によって大きなハンディやボーナスがつくようになっていて、個人の努力で覆すのは大変難しい。そのさまは、さながら新システムの"世襲制"のようだ。

■子ども自身の努力で、どこまで"這い上がれる"のか

戦前の日本では、子どもの進路や学歴は限りなく運命に近かった。身分・家庭環境・経済事情・性別・きょうだいの出生順といったものによって、入れる学校や選べる進路が決まっていた。そうした運命に抗らうためには、ずば抜けた素養と、なによりも幸運が必要だった。

戦後はこれが緩和されていった――家庭環境や経済的問題は依然として大きかったが、高校進学率は向上し、やがて大学進学率も高くなっていった。そうした状況下で私立大学や受験産業がマンモス化していったけれども、それらを飛び越え、地方の一般的な家庭で生まれ育った子どもが旧帝大や早慶に飛び込むようなケースもそれほど珍しくなかった。…

最近はどうなのか?私は、そういう話を間近で聞くことが無い――私がそういう話を聞かなくなったのは、地元一円の噂話が流通する地域社会を離れ、都市郊外のライフスタイルに染まってしまったからだろう。…

かつての子育てとは異なり、今日の子育ては親の教育方針を極限まで尊重している。親が自由に教育をデザインできるとも言える。だから、教育ノウハウに富んだ家庭・金銭によって購うべきを購える家庭の子どもは、その自由を最大限に享受できるようになった。

しかし、同じことを反対側から言い直すと、親が教育を自由にデザインしなければならず、親の教育ノウハウの巧拙がストレートに反映されやすくなった、ということでもある。教育ノウハウの乏しい家庭・金銭によって贖うべきを購えない家庭の子どもは、そのハンディを躱しづらい。…

このような社会システムのなかで、最大の恩恵を蒙るのはどのような家庭の子ども(と親)で、最大のペナルティを蒙るのはどのような家庭の子ども(と親)だろうか?

もちろん、恵まれた家庭で育った子どもが恵まれない顛末に辿り付く可能性は十分あり得るわけで、これはあまり厳密な話ではない。とはいっても、経済/文化/社会関係資本のいずれにも恵まれない家庭の子どもが努力を重ねてアチーブメントに辿り付くためには、一時期以上に素養や運に恵まれなければならない。子どもは誰しも、自分の"手札"をやりくりしながら育っていかなければならないけれども、ただでさえ親子は遺伝子を受け継ぐのだから、社会環境的な要素までもが世襲しやすくなってしまえば、本当に、どこまでも、世襲に近くなってしまう。…

もっと言うと、親が良しとする価値観や手札だけを頑なに信奉し、それに見合ったものばかり子どもにインストールしようとするのでなく、親以外の人間の価値観や手札もそれなり尊重し、子どもがそれらを身に付けるチャンスを無暗に妨げないことではないか。

その際、親が社会関係資本に恵まれていれば、複数のロールモデルに子どもが接触する機会をもうけやすいかもしれない。…

親の社会関係資本が不十分な場合でも、可能性が無いわけではない。ある程度信任の置ける年長者――学校の教師など――の教育ノウハウや価値観や生活習慣に一目置き、子どもがそこから学んでくるものを尊重できれば、子どものロールモデルは核家族の外側に拡大する。核家族内では授けきれないロールモデルを外部に求めるなら、せめて、子どもが外部から学び取ってくることを妨げず、親が唯我独尊に陥らないような姿勢が必要だ。…

全文はソースで:http://www.huffingtonpost.jp/toru-kumashiro/education_b_6440728.html

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このニュースの感想

>実情としては、生まれた家庭の環境によって大きなハンディやボーナスがつくようになっていて、個人の努力で覆すのは大変難しい。
これはその通りで、いかに裕福な家庭に生まれるかで人生の難易度が大幅に変わってくると思う。逆に言い方は悪いかもしれないけど両親ともに中卒なんて家庭に生まれたら子供も中卒率がかなり高いのでは。もちろん極一部の例外はいるだろうけど、何故ならそんな両親には最初から子供に「教育を受けさせる」なんて概念がないと思うので。無い袖は振れないという言葉があるけれど、最初から頭にないんだから子供に教育を施せる訳もなく。あと貧乏大家族に生まれた子供も教育の機会が十分に与えられず親とような同じ末路を辿る可能性が高いと思う。まさに現代の世襲制による貧困の再生産。

>戦後はこれが緩和されていった――家庭環境や経済的問題は依然として大きかったが、高校進学率は向上し、やがて大学進学率も高くなっていった。

戦後の同質化政策によって華族制度が廃止され目に見える形の階級社会がなくなり国民総中流が実現されたおかけでこうした教育格差は縮小したように思えるけど現代では格差の拡大・固定化によってそれがまた顕著になってきているようで。所得格差が教育格差にダイレクトに繋がっているというのは調査でも明らかになっている模様。

【参考記事】無内定速報:子供の学力は親の所得に比例していたことが明らかに

>子どもは誰しも、自分の"手札"をやりくりしながら育っていかなければならないけれども、ただでさえ親子は遺伝子を受け継ぐのだから、社会環境的な要素までもが世襲しやすくなってしまえば、本当に、どこまでも、世襲に近くなってしまう。

子供は親を選べないからなー…。子供の学習(スポーツや習いごとも含め)に関心が高かったり勉強好きで家庭でも何かを学習していたり習慣的に本を読んでいる親とそうでない親の子供を比較したら学習意欲や成績に相当大きな差が出そう。

>その際、親が社会関係資本に恵まれていれば、複数のロールモデルに子どもが接触する機会をもうけやすいかもしれない。

人生は選択肢の多さで決まるとも言えると思うけど、裕福な家庭だとその周囲にいる人も裕福な家庭だろうし塾だったり習いごとだったり幼少期から多様な価値観(後の人生における選択肢の多寡に繋がる)を養える環境下にあると思う。貧困家庭だとその真逆で選択肢の少なさ故に結局親の人生の焼き直しになってしまったり。

【参考記事】無内定速報:「貧乏は罪だ…」深刻な貧困家庭で親を恨む子供が増加中

>ある程度信任の置ける年長者――学校の教師など――の教育ノウハウや価値観や生活習慣に一目置き、子どもがそこから学んでくるものを尊重できれば、子どものロールモデルは核家族の外側に拡大する。

良い教師に巡り合えれば良いけど難しいよなぁ…。公立の学校に行くか私立の学校に行くかでも教師の質も提供されるサービス・環境も全然違うだろうし、そこから生まれる差は結構大きい気がする。

あと個人的には東京という選択肢の多い土地で育つかも結構重要なんじゃないかと思ってる。地方だとマイルドヤンキーと呼ばれるような人たち(低学歴・低所得・DQN・活動範囲が狭い)がまさに貧困の再生産を引き起こす人生の選択肢が少ない人たちだろうし。そういう意味では東京かつ裕福な家庭に生まれた子供が人生イージーモードで地方かつ貧困な家庭に生まれた子供が人生ハードモードと言えるのではないかと。

資本主義社会にいる以上、所得格差が生まれるのは当然のことなのでもし貧困の再生産を防ごうとするならばそれは親が子供の幼少期から知的関心を持って接することである程度は軽減出来るのではないかと思う。


1001: 以下、名無しにかわりまして無内定速報がお送りします 2014/01/01 01:23:45 ID:@nntsokuhou